提案初期に出したAWS移行の概算が、実績と大きくずれる——SIerなら誰もが通る道です。外れる理由は単価の読み違いより「費目の抜け」にあります。二次請けの現場目線で、どこが構造的に抜けるのかを具体的に分解し、外さないための見積もりの型まで整理します。
01なぜ「提案時の概算」は外れるのか
AWS移行の提案初期、まだ現行環境の中身も見えないうちに「ざっくりいくら」を出す——SIerなら誰もが通る場面です。そして受注後、実績と概算のギャップに現場が苦しむ。これも、あるあるです。
概算はもともと情報が足りない時点で出す数字なので、多少外れるのは当然です。問題は、外れ方に再現性のある構造があること。二次請けとして大手SIerの案件を設計から移行まで回してきた実感で言うと、乖離の主因は「読みが甘かった」より「見積もりの対象そのものが抜けていた」ケースが圧倒的に多い。
この記事では、二次請けの現場目線でどこが構造的に抜けるのかを具体的に並べ、最後に「外さないための見積もりの型」までまとめます。読者はSIerのエンジニア/リーダーを想定しています。
02「サーバ台数 × 単価」の罠
概算でいちばんやりがちなのが、現行のサーバN台にインスタンス単価を掛けて足すやり方です。速いし説明もしやすい。ですが、これは本番相当の1環境ぶんしか見ていないことが多い。
この掛け算からは、たとえば次のものが抜け落ちます。
- 非機能ぶんの上乗せ:冗長化(Multi-AZ)、バックアップ、監視、ログ保管、セキュリティ関連。可用性を上げれば台数もサービスも増えます
- 環境の数:本番だけでなく、検証・開発・ステージング・DRサイト。「本番×2〜3」の規模になることは珍しくありません
- 周辺の課金:データ転送(特にAZ間・インターネット向け)、NATゲートウェイ、各種エンドポイント、ロードバランサー時間課金など、単体では小さくても積み上がる費目
- ライセンス:WindowsやSQL Serverの持ち込み可否、BYOL条件。ここは見落とすと後で効きます
- サポートプラン:Business以上を前提にするなら利用料に対する割合ぶんが乗ります
さらに厄介なのがスペックの読み替えです。オンプレの物理スペックをそのままEC2のインスタンスタイプに写すと、たいてい過剰になります。逆にRDSやFargateなどマネージド前提に切り替えると、そもそも単価の構造が変わる。どのサービスに寄せるかで金額が動くので、AWS・Azure・GCP・オンプレ サービス対応表のような観点で、まず「何に載せ替えるか」を握ってから数える必要があります。
03「移行そのものの工数」を見落とす
金額のインパクトがいちばん大きいのに、いちばん抜けやすいのがここです。箱(サーバ)を作る工数は見積もりやすい。一方で「今動いているものを、止めずに移す」ための工数は目に見えにくく、概算からごっそり漏れます。
実際の移行プロジェクトで人手を食うのは、だいたい次のような作業です。
- 現行調査:構成図が古い/そもそも無い、設定は口伝、担当者はもういない。ここの発掘に想像以上の時間がかかります
- 依存関係の棚卸し:このサーバは何と通信しているのか、どのバッチがいつ動くのか。移してから「あれが繋がらない」を防ぐ地味な作業
- 互換性の確認:OS・ミドルウェアのバージョン、文字コード、ライセンス条件。移行方式(そのまま移すか、載せ替えるか)でここの重さが桁違いに変わります
- 移行リハーサルと本番切替:データ移行の実測(想定より転送に時間がかかる、は定番)、切替手順の作成、リハーサル、そして夜間・休日の切替当番
- 業務・停止調整と切戻し計画:止められる時間の交渉、関係者への周知、うまくいかなかったときの戻し方。これも立派な工数です
構築フェーズはIaCや自動化でどんどん速くなりました。ところが調査・調整・リハーサルは今も人手のままで、ここが工数の山として残ります。「作る」ばかり見て「移す」を数え忘れると、概算は簡単に外れます。
04運用・保守フェーズのコストが見えていない
提案書は初期構築に目が行きがちで、移行後のランニングと運用保守が薄くなりがちです。ですが顧客が長く払い続けるのはこちら側。ここが見えていないと、TCOの比較で足元をすくわれます。
見落とされやすいのは大きく2つです。まずクラウド利用料は使った分だけ増えるという性質。転送量、スナップショットやログの保持、監視まわりの費用は、運用が始まってからじわじわ効いてきます。オンプレの「買い切り」感覚のまま定額で見ると外れます。
もう一つが運用体制のコストです。監視、パッチ適用、コスト最適化、問い合わせ一次対応、インシデント対応。二次請けの場合は運用が元請け側という切り分けも多いですが、SLAや当直の想定を握らないまま概算を出すと、範囲の解釈違いで後から揉めます。
可用性やダウンタイムの費用感、転送時間の目安といった非機能まわりの当たりを素早く付けたいときは、無料の計算ツール(SLA・CIDR・転送時間・ダウンタイムコスト)のような道具で数字にしてしまうと、提案時の会話が具体的になります。
05「安く見せて後で泣く」構造
ここまでは「うっかり抜ける」話でしたが、現場にはもう一つ、意図的に薄く見せてしまう力学があります。受注優先です。競合と数字を並べられる提案では、低い概算のほうが通りやすい。人情としては分かります。
ただし抜いた分は消えず、必ずどこかで顕在化します。追加要求という形か、赤字という形か、あるいは品質を削るという形で。そして最後に効いてくるのが信頼の毀損です。「最初は安かったのに」は、次の受注をいちばん遠ざける言葉です。
二次請けの立場では、元請けの薄い概算がそのまま降りてくることがあります。前提を確認しないまま飲むと、抜けた工数を現場が丸かぶりする。数万円・数人月といった規模感の話ではなく、プロジェクトそのものが赤字化しかねません。
06外さないための「見積もりの型」
では、どうすれば外しにくくなるか。特別なことはなく、抜けを構造的に防ぐ型を持つだけです。現場で効いている4点を挙げます。
- 前提の明文化:対象と対象外、環境数、非機能の水準、移行方式を必ず文章で書く。「本番1環境・非機能別途・現行調査後に精査」と一行添えるだけで、後の解釈違いが激減します
- 段階見積もり:概算は概算と割り切り、短いアセスメント(現行調査)を挟んで精度を上げるフェーズ設計にする。最初の一本で確定させようとしないこと
- バッファを前提として明示:不確実性の高い項目(現行不明・データ量未確定・切替難易度)には、隠さず「これは幅がある」と明記する。丸めた一本値は一番危険です
- 非機能の数値化:可用性は「高め」ではなくSLA・RTO/RPOの数字で握る。ここが固まると台数もサービスも自動的に決まってきます
特に効くのが移行方式を先に握ることです。そのまま移すのか、マネージドに載せ替えるのか、作り替えるのか——方式が違えば工数は桁で変わります。方式が曖昧なまま金額だけ先に出すと、まず外れます。
07まとめ — 「単価」ではなく「抜け」を疑う
AWS移行の概算が外れる本当の理由は、単価の読み違いより費目の抜けにあります。「台数×単価」が拾えていない非機能・環境数・周辺課金、そして見えにくい移行工数と運用保守。この構造を知っているだけで、外し方はだいぶ減らせます。
やることはシンプルです。前提を明文化し、段階で見積もり、不確実性はバッファとして見せ、非機能は数値で握る。そして移行方式を先に決める。安く見せる誘惑に負けず、外れない数字を出すことが、結局いちばん信頼につながります。
EMWは札幌のAWSコンサルとして、大手SIerの二次請けで設計から構築・移行・運用まで実務で回してきました。概算の作り込み、アセスメント、移行計画の精査を、御社の案件と工程に合わせて一緒に整えます。「安いのに外れる見積もり」ではなく「根拠があって外れない見積もり」を、現場目線で。
08よくある質問(FAQ)
提案時の概算見積もりは、どのくらい外れるものですか?
一概には言えません。乖離の大きさは「移行方式・環境数・非機能の要求水準」で桁が変わります。リホスト中心で環境が少なければブレは小さく、リプラットフォームや厳しい可用性要件が絡むと大きく振れます。精度を上げたいなら、概算のまま突き進まず、短いアセスメント(現行調査)を挟んで前提を確定させるのが結局いちばん近道です。
どの費目が一番抜けやすいですか?
経験上、抜けやすいのは「移行そのものの工数(現行調査・依存関係の棚卸し・切替リハーサル・切戻し計画)」と「運用・保守フェーズのコスト」、そして「非機能(冗長化・バックアップ・監視・セキュリティ)」の3つです。箱(サーバ)を作る費用は比較的見積もりやすいのに対し、移すための人手と運用は目に見えにくく、概算から漏れがちです。
概算段階で精度を上げるには、何をすればよいですか?
まず前提を文書に落とすことです。対象と対象外、環境数、非機能の目標値(SLA・RTO/RPO)、移行方式を明文化するだけで、抜けの多くは見えてきます。その上で「概算→アセスメント後に精査」の段階見積もりに切り替え、不確実性が高い項目にはバッファを前提として明示します。曖昧なまま一本の数字を出さないことが肝心です。
二次請けとして、元請けから降りてきた薄い概算にどう対処すべきですか?
そのまま飲まないことです。抜けている前提(環境数・非機能・移行方式・運用範囲)を洗い出し、差分と根拠を早めに文書で上げます。着手してから「聞いていない」を積み上げると、赤字も炎上も現場が引き受けることになります。数字を握る前に前提を握る——これが二次請けで身を守る唯一の型だと考えています。
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